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Wednesday, 23 September 2009

父と登った大谷崩

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山を越えて厚い雲がこちらに向かってくる。

朝起きた時、今日は雨かと思ったが、幸いながら、

雨具に頼ることなく、山を登ることができた。

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山頂に近づくにつれ、辺り一面が雲に覆われ、視界が遮られてしまう。

本来なら、富士山まで見渡せる場所なのだが、

あいにくこの天気ではむりだ。

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静岡の北部、南アルプスにある大谷崩(おおやくずれ)

この岩でごつごつした山を登るのは、中学生の時以来。

今回は父に誘われて登ることになったが、

父と共に山登りをすることさえ、ずいぶん久しぶりのような気がする。

最後に登った時、僕はまだ独身だった。

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1707年の宝永地震の時に崩壊してできて以来、300年以上が経つ。

遠州沖を震源とする東海地震と、紀伊半島沖を震源とする南海地震が同時に発生し、死者2万人以上に達した宝永地震。

その後、余震が続く中、富士山麓で強い地震が何度も発生し、富士山が噴火しているのが確認された。

家屋は焼かれ、田畑は高温で多量の軽石で埋め尽くされた。

火山灰は江戸にまで降った、と新井白石が自らの著書に記している。(Wikipediaより)

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岩だらけの崖を登らなければならないのか、と思うと、

一見つまらなさそうに思えるが、

所々に咲く花は、こんな場所なだけに、なかなか映える。

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父といっしょに、そんな花々や山の風景を撮りながら、

父と僕以外の他に、誰にも急かされることなく、

カメラのスピードにあわせてゆっくり登っていった。

登山とカメラ歴が長い父の撮影姿はなかなか貫禄がある。

こうして父の背中を見ながら登っていると、

いつのまにか、子どもの頃の自分に返ったような錯覚にさえ陥るのである。

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青みがかった菊科の花。

名前が分からないので、花の図鑑で調べてみた。

孔雀草(くじゃくそう) かと思ったが、

どうも嫁菜(よめな)のようだ。

父がのぞいているカメラのファインダーからは、

どんな風に写っているのだろうか。->父のブログへ

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新窪乗越という分岐点を左に行くと山伏へ、右に行くと大谷崩の頂上へ。

ここまで来ると、既に1850メートルまでの高さに。

さすがに寒いので、長袖を一枚着ることになった。

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新窪乗越からは、深い霧の立ちこめる林の中も通らなくてはならない。

雨は降っていないはずだが、霧が木に当たって水滴にかわると、

いつのまにか僕の来ている服まで濡れてきた。

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かすかに水滴に濡れた岩沙参(いわしゃじん)が、

光に照らされて光っている。

こんな高い山でも、きれいに咲いているんだなあ。

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高さ2000メートルもある頂上から下を見下ろすと、

急斜面で吸い込まれそうになる。

晴れていたら、どんな景色だったのだろうか。

頂上の景色には恵まれなかったが、

ここで父が作ってくれたラーメンはうまかった。

人気ブログランキングへ 山登りの記事はいかがでしたか。たまにはこうして自然に囲まれた場所で、健康作りも悪くないでしょう。

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Comments

お父様と一緒に山登り、素敵です。うらやましいですね。写真、構成がいいので楽しく見させていただきました。ポチッ。

Posted by: hermes | Thursday, 24 September 2009 at 19:47

hermesさん

山登りもカメラも、父からの影響を受けて
好きになりました。こんな親子も悪くないでしょう。

あいにくの天気だったので、
写真を撮るのはなかなか難しいものがありましたが、楽しんでいただけてうれしいです。

Posted by: コーディー | Thursday, 24 September 2009 at 22:10

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