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Monday, 09 February 2009

時代の流れを変えた坂本の名将

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琵琶湖に立ちこめた朝靄の向こう側に、ボーっと、ビルの陰が映っている。琵琶湖の西岸、唐崎の隣にある坂本から見た琵琶湖の朝の風景である。

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坂本といえば、織田信長の家臣、明智光秀が居城として構えた坂本城で有名である。

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立派な明智光秀像が湖岸に建っている。比叡山延暦寺の焼き討ちの後、その比叡山のすぐ側の琵琶湖西岸に坂本城を築いている。ここ坂本は信長の領国、美濃と京都を結ぶ重要な中継点にあるだけでなく、浅井・朝倉の反信長勢力に対する前線基地でもあった。

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そんな坂本城の跡に行ってみると、なんと、この目印の石碑と案内板しか立っていない。一般の民家と郵便局との間の四つ角にひっそりと残っているだけ。シンガポールのマーライオンどころではないほどの、超ガッカリ物である。

せっかく早起きして見に来るほどの価値はないだろう。

天下の名将だったはずの明智光秀。しかし、本能寺の変にて、主君である信長を裏切っただけに、後世に残る評価はなんと寂しいものか。

時は今 雨も滴る さつきかな

光秀が信長を討つ前に詠んだとされる句である。

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しかし、茶の湯、詩歌などにも精通した文化人でもあった明智光秀が、ここ坂本に城を構えたのは、この琵琶湖の美しさにも理由があるのではないだろうか。

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ここへ来れば、明智光秀がどれだけ感慨深い人物だったのか、なんとなく感じ取れる気がする。

佐鳴湖とちがい、ここ琵琶湖の眺めは感傷にふける絶好の場所でもある。世の流れに翻弄されつつ、この琵琶湖を見ながら、あれやこれや、と悩んだのであろう。

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坂本の町には、小さな水路が比叡山の方から流れてくる。時代の流れも、たった一人の人物の悩んだ末の決断次第で大きく変わる、ということだ。

もし、本能寺の変がなかったら、その後の徳川幕府の時代もやってこなかったかもしれないし、信長がポルトガル人による宣教を積極的に受け入れた結果、日本がキリスト教国になっていた可能性だってある。

今、私たちが生きる社会も、一人一人の小さな営みの積み重ねによって成り立っている。だから、私たちがこの先、左へ行くか右へ行くか、それら一つ一つの決断によって、時代の流れは少しずつ方角を変えているように思うのである。

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Comments

結構写真うまいじゃんhappy01

Posted by: なでしこ | Monday, 09 February 2009 at 12:06

なでしこさん

僕のカメラの腕も少しはあがったかな。けど、今のところ、水の写真が多いけどね。

Posted by: コーディー | Monday, 09 February 2009 at 20:43

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